シラスに混ざる生物、特に甲殻類幼生について

【はじめに】
 魚屋やスーパーマーケットの店頭で見かけるシラスパック、よく見るとシラスに混ざって様々な生物がみられます。魚の子や小さなイカ、貝やエビ・カニなど様々です。
 シラスは漁業者の方々が網を使って海から穫ります。魚群探知機を使ってシラスの群を見つけてから漁業を行うので、シラスを効率よく穫ることが出来るのですが、シラスの群の中や近くにいる生物も一緒に穫ってしまうのです。シラス自体小さな生き物なので、あまり小さな生物は混獲されても選別しないで釜茹でしてパック詰めされます。このためこれらの生き物も一緒にパック詰めされてしまうのです。
 このようにシラスに混ざる生き物は実に様々なのですが、ここでは著者の得意とする、甲殻類について話をいたします。

プランクトンについて】
 シラスに混ざる生き物はプランクトンの仲間です。プランクトンPlanktonとはギリシャ語の「放浪者」という言葉で、自分自身ではほとんど泳ぐことができないで、波まかせに生活をする生物をいいます(泳ぐ力があっても波まかせな生き物はプランクトン)。魚やイカなど自分で海中を泳げる遊泳生物(ネクトンNekton)や、カニやウニなど海底で生活する底生生物(ベントスBenthos)と区別するための生態的な分類です。
 プランクトンと聞くと、ミジンコのような数mm程度の小さな生き物を思い浮かべるでしょうが、数メートルにもなるクラゲもプランクトンです。ただ数mm程度の生き物が多いことは事実です。これら小さい生物は、より大きな動物の餌生物として重要な役割を果たしています。
 海の生き物は子供の時にプランクトン生活を行う種類が実に多く、彼らは、一生浮遊生活を行う「終生プランクトン」に対して、「幼生プランクトン」と呼ばれます。
 シラスはイワシ類の子供ですが、イワシ類は自由に泳げるネクトンなので、シラスは「幼生プランクトン」に含まれます。シラス漁はプランクトンであるシラスを穫る漁なので、一緒に様々なプランクトンを穫ってしまうのです。

甲殻類幼生】
 甲殻類は卵で生まれます。卵から孵ったばかりの子供は親とは全く違った形をしています。親を「成体」と呼ぶのに対して、子供は「幼生」と呼びます。幼生と成体はあまりに違った形をしているため、そういう変化は分かり難いかも知れませんが、イモムシがチョウチョになることを思えば納得されるでしょう。
 甲殻類幼生は大多数がプランクトン生活を行うので、シラス網によって様々な種類が穫られています。ただ甲殻類全体に対して幼生が分かっている種類は少なすぎるので、シラスに混ざる甲殻類幼生を全て種類まで調べるのは現時点では不可能です。大体の種類については以下のようになります。

1)エビ類幼生
 エビ類は分類学的には根鰓亜目のクルマエビ類・サクラエビ類、抱卵亜目のコエビ類・オトヒメエビ類・イセエビ類・ザリガニ類からなります。日本からは479種類が知られていますが、幼生の分かっているのは65種類程度(14%)です。幼生は体が細長く、一見してエビ類に見える種類が多いようです。ただしイセエビ類の幼生は凧様で、とてもイセエビの子とは分かりません。これはフィロゾーマ幼生と呼ばれます。

2)ヤドカリ類幼生
 ヤドカリ類は分類学的にはアナジャコ亜目と異尾亜目からなります(アナジャコ亜目をヤドカリ類に含めない場合もあります)。日本からは322種類が知られていますが、幼生の分かっているのは42種類程度(13%)です。種類によって幼生の形は様々ですが、尾節の後縁両端に異尾小毛というヒゲをもつことが特徴とされています。
 シラスには良くカニダマシ科のゾエア幼生が含まれます。これは甲の前に1本、後ろに2本の長いトゲをもっているので、気を付けてみると分かります。時に大量に出現するのですが、シラスに混じると食感が悪くなり、シラスの値が下がるそうです。

3)カニ類幼生
 分類学的には短尾亜目といいます。日本からは957種類が知られていますが、幼生の分かっているのは184種類程度(19%)です。卵から孵った幼生はゾエア幼生と呼ばれます。丸い甲に大きな眼と遊泳用の脚(顎脚)、しっぽ様の腹部が付いていて、愛らしい形をしています。種類によって甲に額棘・側棘・背棘などのトゲをもち、これがかなり長い種類もいます。ヘイケガニ科のゾエアは額棘と背棘が長く一直線状で、一見カニダマシ科のゾエアに似ています。

 ゾエアの次にはメガロパという幼生になります。メガロパは甲もしっかりしていて、ハサミや歩行用の8本の脚があるため、だいぶカニっぽい形をしています。無色、黒、黄、赤など様々な色の種類がいます。赤いメガロパは、甲長2~3mmと小さなものであっても、シラスの中で良く目立ちます。

4)シャコ類幼生
 エビ類・ヤドカリ類・カニ類は十脚目という1つのグループですが、シャコ類は口脚目というちょっと離れた分類群です。日本からは51種類が知られています。シャコ類の幼生は昔はアリマ型幼生とリシオエリクツス型幼生に分けられていましたが、この中間型が知られるようになり、最近では単にシャコ類幼生と呼ぶそうです。

 シャコOratosquilla oratoriaの幼生は11の浮遊生活期があり、脱皮のたびにからだが細長く成っていきます。大きなカマ状の脚を持っているので、すぐにシャコの幼生と分かります。これも時にシラスに混じりますが、種類までは分かりません。

【幼生の生態】
 多くの甲殻類幼生は、プランクトン生活をおくります。ここでは代表としてカニの幼生について生態を紹介します。
 一部の種類を除き、カニは卵からゾエア幼生として孵化します。孵化したゾエア幼生は1mmたらずの小さなもので、上記のように、丸い甲、二対の遊泳用の脚、大きな眼をもった、一見ミジンコのような形の生き物です。何回かの脱皮を行い成長します。ゾエア幼生の脱皮回数は種類によって異なりますが、大体1~4回程度です(ゾエア期は2~5期)。ゾエアの間は完全なプランクトン生活を行います。ゾエアの期間も種類によってまちまちです。クモガニ科のカニはゾエア期が2期(脱皮するまでの期間を期stageといいます※)と少ないですが、それでもズワイガニChionoecetes opilio elongatusは3~6ヵ月もの間プランクトン生活を行います。ゾエア期の次にはメガロパ期に変態します※※。
 メガロパはだいぶカニらしい形をしていますが、似て非なる生き物です。腹部は親カニのように「ふんどし」にならないで、「しっぽ」様です。ここにある腹部付属肢で泳ぎます。歩脚も発達しますので、プランクトン生活をしながらも、流れ藻などにしがみつくことができます。5mm以下のものが多いように思いますが、ショウジンガニPlagusia dentipesのメガロパは1cm近くあり、メガロパとしては大型です。大量に出現することがあります。沖合でゾエア期を過ごしたカニ達は、メガロパとなって岸辺を目指します。初夏の波穏やかな日には、メガロパが岸に向かい泳ぐ姿を、「水面の姿無き動く波紋」として見られるそうです。メガロパは1回脱皮を行い稚ガニとなります。稚ガニは脱皮成長を繰り返して成体(親ガニ)になるのです。

【おわりに】
 このようにシラスパックには様々な生き物が見られますが、それはシラスを穫った漁場のプランクトンが混ざっていたためです。混ざっている生物はシラス漁場の場所や時期によって違っています。ここでは甲殻類幼生を中心に話を進めましたが、こんどシラスを食べる機会があったら、注意して見て下さい。海で生活する様々なプランクトンの一部をかいま見ることができるはずです。

※ 正確には形態が変化する脱皮までの期間を「期(stage)」といいます。ここでいう形態の変化とは、甲に付いていた眼が有柄になるとか、腹部が5節から6節になるとか、遊泳脚の先端の剛毛が4本から6本になるとかの小さな変化です。このような変化に伴い、ゾエア1期、ゾエア2期...と数えます。何回脱皮が起こってもこれらの変化がない場合は期が進んだことにはなりません。また、単なる脱皮の経過は「齢(instar)」として数えます。
※※ ゾエアからメガロパ、メガロパから稚ガニなど、劇的な形態の変化の伴う脱皮を「変態(metamorphosis)」といいます。生物学的には「生物個体あるいはその一部の外形のかなり不可逆的な内因的変化」と定義されます(岩波生物学辞典)。

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2002年3月3日