コノハエビ[木葉蝦]

イメージ 1

 コノハエビです。東京湾奥部でプランクトンとして採集しました。
 コノハエビの標本はいくつか持っていますが、プランクトンとしては初めてです。底生性の小型甲殻類です。

●コノハエビ類については、横浜国大の菊池知彦博士を中心とされ、研究が進められています(あとでちょっと触れます)。Nob!!も20年来興味のある甲殻類なので、私的に調べた範囲でコノハエビ観を展開します。


 コノハエビ類は原始的な軟甲類で、体長1㎝弱、額角が可動、背甲が左右2葉に分かれる、8対の胸肢は全て一様に葉形、腹部は7節で末節に1対の尾叉を備える等、特徴的な形質満載です。軟甲類としてとっても変わってます。

 海産で、内湾の比較的静穏な海域に生息します。普段は海底近くの泥中に潜っていて、ときおり腹肢を使って水中をかなりはやく泳ぎ回るそうです(西村, 1981;1995)。
 生活力がきわめて強く、極端な汚染や温度変化にも耐えます(西村, 1981)。汚染海域には本種が卓越し、多毛類のCapitella capitata (Fabricius, 1780)や二枚貝類のシズクガイTheora fragilis A. Adamsとともに「有機的汚濁指標生物」に位置づけられます(北森・船江, 1960;小坂, 1972;北森, 1975)。貧食で、ときに漁網にかかった魚などを食害して、被害を与えることが報告されます(Nishinura & Hamabe, 1964)。

 注) 本種は汚濁海域以外にも生息する。Nob!!の手許には藻場動物として得られた標本がある。このようなことから、駿河湾湾奥の田子ノ浦周辺海域では、汚染海域に本種が卓越することから、多毛類のCapitella capitata (Fabricius, 1780)や二枚貝類のシズクガイTheora fragilis A. Adamsとともに「有機的汚濁指標生物」に位置づけている(小坂, 1972)。北森・船江(1960)も、広島県の広湾の調査結果に限定すれば、「本種の卓越する群集は半汚濁域の指標群集として使える」としているが、北森(1975)では「指標生物とするにはいたらないが、汚染した海域で、指標生物と随伴し、しばしば採集され、汚染に対する抵抗性が強いと考えられる種類」という項目に本種を含め、必ずしも汚濁指標種にはならない考えも示している。しかしながら、海洋生物は陸水性物に比べて生息域が広く、限られた環境の指標種になるものは少なく、むしろ群集の多様度指数の解析が有効であるという考えから(菊池, 1975)、生物相が単純で、本種を豊富に含む底生動物群集は、汚濁の指標になっているものと考えられる。


 コノハエビ類はNebalia bipes (Fabricius, 1780)が模式種で、グリーランド東沖から記載されています。本種はこのほか南極海におよび、大西洋・地中海の全域、太平洋の日本周辺海域から南米チリと、広範な水域に分布します(菊池, 1997)。
 国内での採集記録は、天草からの「ねばりあ」と称する雌の記載に始まります(中久, 1895a;1895b)。このほか岩手県三陸町(天野ほか, 1985)、駿河湾田子ノ浦(小坂, 1972;栗林, 1989MS)・南紀白浜(伊藤, 1988)・広島(北森・船江, 1960)・隠岐(Nishinura & Hamabe, 1964)から記録があります。が、いってしまえば何処にでもいる普通種です。
 これらはNebalia bipesとされることが多いようですが、本邦産の種は、第1・第2触角鞭部の節数が多いこと、眼柄が相対的に短いこと、第4腹肢原節外縁に小歯状突起がなく平滑であることなどの差異があることから亜種Nebalia bipes japonicusまたはNebalia japonicusとする見解もあります(Claus, 1888;西村, 1981;1995)。現状では、この分類学的問題が解決されていません。
 採集されるのはほとんどが雌であり、雄は非常に稀です。本種の卓越する田子ノ浦では、性比(雄個体数/総個体数×100)は0.82%でした。雌雄異体で卵は後期幼生の形で孵化します(西村, 1995;菊池, 1997)。


○主な掲載図鑑など:
Nebalia bipes:
内海冨士夫[新日本動物図鑑(中)] 1965, p.521 , No.659 .
武田正倫[原色甲殻類検索図鑑], 1982, p.242, No.730.
菊池知彦[日本産海洋プランクトン検索図説], 1997, p.1005, pl.3, no.1.
Nebalia japonensis:
内海冨士夫[標準原色図鑑全集 16 海岸動物図鑑], 1971, p.69, pl.24, No.1.
西村三郎[学研生物図鑑水生動物], 1981, p.96, 242.
西村三郎[原色検索日本海岸動物図鑑(Ⅱ)],1995, p. 144, pl. 79-1.



●コノハエビ類の分類
 甲殻亜門Crustacea
  軟甲綱Malacostraca
   切甲亜綱Phyllocarida
    コノハエビ目(薄甲目)Leptostraca

 現在世界から3科10属約40種が知られ(菊池, 1997;植木・菊池, 2009)、本邦からはコノハエビNebalia bipes (Fabricius, 1780)とアシナガコノハエビParanebalia longipes (Willemoes-Suhm,1875)、ウキコノハエビNebaliopsis typical Sarsが報告されています(Gamo & Takizawa, 1986;蒲生, 1990;菊池, 1997)。
 アシナガコノハエビは、本種とは異なり胸肢の内外肢が非常に細長く、副葉がきわめて小さく未発達等の特徴を持ちます。ウキコノハエビは40 mmを越えるコノハエビ類の最大種で、水深1000 m以深で唯一の終生浮遊生活をおくります。このほかにもホヤの中や(関口, 1982)、釜石沖の深海域(3030~7400m)(蒲生, 1981)から採集された未同定種の報告もあります。
 2科7属については、下記の検索表が作成されています(Martin, Vetter & Cash-Clark, 1996;菊池, 1997a)。しかしコノハエビ類は分類学的検討が不十分であり、今後分類体系の再検討の必要のようです。

1.背甲は比較的固く、平滑で、正中線上後縁は前方に切れ込む。・・・・・コノハエビ科(2)
-.背甲は膜状で、網目状の模様があり、正中線上後縁は切れ込まない。・・・・・ネバリオプシス科
2.胸肢に副葉を完全に欠く。・・・・・Nebaliellaネバリエラ属
-.胸肢に副葉をもつ。・・・・・3
3.胸肢の外肢・内肢はともに非常に細長い。副葉はきわめて小さく未発達・・・・・Paranebaliaパラネバリア属
-.胸肢の外肢・副葉ともによく発達する・・・・・4
4.背甲はきわめて大きく、第5腹節末端におよぶ・・・・・Speonebaliaスペオネバリア属
-.背甲は第5腹節におよばない・・・・・5
5.第2小顎の外肢が内肢の1/3以下。複眼は鎌形で、前縁に鋸歯をもつ・・・・・Dahlellaダーレラ属
-.第2小顎の外肢は内肢の1/2またはそれ以上。複眼は円筒形で前縁に鋸歯をもたない・・・・・6
6.額角の腹面に隆起を持ち、先端には鋭い棘をそなえる。複眼は円筒形。第2小顎の外肢は内肢の第1節末端にとどかない。・・・・・Sarsinebaliaザルシネバリア属
-.額角は平滑で先端に棘を持たない。複眼は卵円形。第2小顎の外肢は内肢の第1節末端を越える・・・・・Nebaliaコノハエビ属


★★ 植木・菊地のご研究 ★★
日本動物分類学会、第45回大会in名古屋港水族館(2009.6.13-14)にて、国内のコノハエビ類に関する分類学的な研究のご講演がありました。この内容が論文になっているのかどうかNob!!には分かりませんが、この時の講演要旨と発表ポスターから、その内容を引用します。
 もし、記述が行きすぎと思われる方がございましたら、是非御指摘下さい。

・この御研究では、国内の、主にNebalia属を中心に種の識別形質の検討が行われました。
・日本周辺の46地点で得られた64サンプルから抽出した109個体について解析されています。調査期間は1971年から2008年。調査水深は潮間帯から7500m。
・この結果、2科3属28種のコノハエビ類が確認されています!! このうち20種はNebalia属の未同定腫のようです。
・Nebalia属の識別形質として10形質を撰んでいました。この形質を精査することにより、既知23種の識別が可能だったそうです。ただいくつかの種ではタイプ標本を当たって確認する必要もあると記されていました。
・この内容は論文になっているのでしょうか? もし御存知の方がおられましたら、是非教えてください。検索表が待ち遠しいです。


~・●・~ ~・〇・~ ~・●・~ ~・〇・~ ~・●・~
[2017.3.22加筆(7年ぶりに)]

実は、植彩・菊池の研究は、学会で報告された3か月後に(財)水産無脊椎動物研究所の機関誌『うみうし通信』にその内容が公開されていました。このページ作成した時にはすでに刊行されていました。まったくの勉強不足です。
 その後、大学図書館で文献収集中に見つけてコピーとったのですが、その時にはブログで紹介したことを完全に忘却していました。
 本日、知人から「コノハエビ調べてたら、貴方のブログに行き着いたよ」と言われて、はっと気が付いた次第です。
 そういったことで、ほかにも気が付いている方いましたら、是非教えてください、随時加筆修正してまいります。