解剖・スケッチ よもやま話【ほぼ書きなぐりメモ】

注)このページは随時加筆・修正してまいります。ご注意ください

 

 甲殻類の種同定には、細かな棘などの観察が必要となることがあり、これを確認するためには標本を解剖し(体から付属肢をはずし)、形状をスケッチに残す必要が生じることがあります。

 顕微鏡の準備が必須となる、繊細な作業ではありますが、今のところ大きな失敗は数えるくらいしかありません(まったくないということでもないくらい)。

※Nob!の仕様機材についてはこちらを参照

https://nobnob.hatenablog.jp/entry/7067255

 

 Nob!は等脚類を中心に、これまでにmmサイズの小型甲殻類を解剖・スケッチしてきました。

 解剖観察・スケッチについて解説された文献はそれほど多くはなく、経験者に指導していただきながら、つど独学で(手探りで)進めていましたが、ここでその経験を文章化しておこうと思います。

 

 

【解剖観察】

 小型甲殻類の標本を解剖するには、実体顕微鏡で観察しながら、先細ピンセットで標本をおさえ、柄付き針(適当な長さに切った割りばしの先に昆虫針を取り付けた道具、解剖針ともいうようです)で付属肢をはずします。

 標本は小さなシャーレ(ペトリ皿)に移して、エタノールあるいは水道水中で解剖します。あるいは、グリセリンエタノールあるいは蒸留水で適度に薄めたものを使用するほうが良いようです。付属肢を本体からとりはずしたはずみで、ピンっと飛ばし、どこかに紛失してしまう危険性が低くなります。ただ、チョウやヨコエビのように体の柔らかい標本だと、グリセリン中で体がしおれてしまうことがあるので注意が必要です。

 Nob!は体サイズ5 mm以上であれば、シャーレの中で解剖しますが、1~2 mm程度であればホールスライドグラスに希釈したグリセリンを滴下し、その中で解剖します(最近小さいのやってないなぁ)

 

 柄付き針につかう昆虫針は極細(00号)がよいと論文で紹介されていますが(小西, 2000;富川・森野, 2009)、まあ、入手可能な針でいろいろ試してみるといいと思います。学生の時は百均で買った縫い針詰め合わせから適当に選んで使っていました。必要に応じて研磨したり、針先を曲げるなどの工夫も必要なようです(小西・鹿谷, 1999;小西, 2000)。柄の長さは、Nob!は7~8 cm程度のものを使いますが、どこかの研究室にお邪魔したときは、まったく切らず、まんま割りばしの先に針を付けて使っているのを見ました。そう考えると柄を切る必要は収容の問題のみかもしれません。また、シャープペンシルに針を入れて使っている研究室もあるそうです。

 文献には「柄の先にカッターでスリットを入れて針を差し込み、柄先は糸を巻き付けて針を固定する」と紹介されていますが(出典失念)、Nob!は、割りばしの先を水につけてふやかし、針を直接ラジオペンチで適当な深さまで差し込み使っています。これで特に問題はありません。針の長さは1 cm程度に調整しますが、もっと長くしてつかわれる方も見受けられます。

 

 標本の解剖観察には、生き物の構造がわからないといけません。小西(2000)は比較的大きな標本から練習することをすすめています。Nob!は高校時代から浮遊性カイアシ類を観察していたので、逆に小さいものから着手したことになります。

 Nob!が対象としているフクロエビ類は、19対の付属肢があり、これを本体からはずします。ウオノエ類やグソクムシ類であれば、第3→第2→第1→第4→第5→第6→第7の順に胸脚をはずし、第1→第5の順に腹肢、次いで尾肢をはずし、頭部の付属肢は、顎脚→大顎→第2小顎→第1小顎→第1触角→第2触角の順番ではずします。実際に標本を見ればわかりますが、これは付属肢の重なりの外側からの順です。分類群によって外す順番は変わります。ヨコエビについては石丸(1985)の解説が参考になり、有山さんもこれをベースにされているそうです(有山, 2022)。

 解剖のコツは付属肢のつき方を理解し、どこを攻めるかということで、胸脚は付け根の内側を、腹肢は付け根の前後を針先でつつきます。

 難易度から言えば頭部付属肢の解剖がもっとも難しいです。基本上記の順番で頭部からはがしていきますが、小さな標本ではこれらの構造がなかなかわかりにくく、慎重に手探りで、根もとを針先でくすぐるようにしてはがしていきます。第1・第2触角は付け根の上側(頭部と密着する部分)を針先で攻めます。細心の注意を払って解剖しますが、それでも解剖後は頭部がズタズタになることも少なくありません(涙)。

 いずれの付属肢も、本体からすこしずつ立て、付け根を攻めて、無理なくはずします。できれば、根もとに少し“ビラ”が残せれば、ここを持ち手として使うことができます。

 体全体の左側面を観察するときは、この状態をなるべく保存するため、右側の付属肢を解剖対象にしています。ただ、大顎は左右で形が違うので、両方を観察するべきとされています。

 

 

【スケッチ】

 解剖観察は標本の全体図をスケッチしてから行います。Nob!は全体図描くのが苦手なので、まず、標本の背面、側面、腹面について写真撮影し、そのあと必要に応じて全体図をスケッチします。が、正直写真が鮮明であれば全体図の線画は不要と思っています。また、場合によっては、スケッチではなく、写真をトレースして線画に起こすこともあります。

 直接標本の全形をスケッチするときは、標本の姿勢を安定させるのに気を付けないといけません。これを怠ると、スケッチの最中に標本の姿勢が徐々に傾き、描きあがった画がねじれた状態になってしまいます。この要因は、経験的には封入液の蒸発によるものですが、蒸発を見込んで最初に十分な量の封入液を用意するとそのなかで標本が泳いでしまうので、この見極めはかなり難しいです。実はこの標本を安定させるのが苦手で、Nob!は写真のトレースにしているのです。

 海の博物館の奧野博士は、コエビ類のスケッチをする際に閃き、ホッチキスの針で標本を固定するというテクニックをあみだされたそうです。教えていただきましたがまだ試したことはありません。

 また、もともとの標本がねじれている場合、スケッチ上で補正するとK博士に教わりました。Nob!は標本をスケッチするのだから、ねじれていたらそのように描くべきと思っているのですが、K博士曰く、「記載とは種の特徴を示すもので、標本の状態に影響されるべきではない」とのことです。イカ・タコの大先生O博士も同じご意見で、標本をきれいな姿勢に展開して図をかかれますが、研究者によってはぐにゃっとしたままの画を論文に載せるともいっていました。「あれじゃなんだかわかんあいよね」って。

 科博のT大先生から伺いましたが、昔は写真をご自身で現像していて、その写真に直接ペン入れし、薬品で画像を落として論文の原図にしていたそうです。ただその方法(使った薬品)はよく覚えておられないとのこことでした。

 

 全体図の写真およびスケッチが満足にできたら、解剖して、各付属肢の解剖に移ります。

 

 はずした付属肢の観察・スケッチについては、実は画を描く技術よりも、標本をうまく顕微鏡に設置する技術のほうが大切かもです。スライドグラス上に滴下した封入液(エタノールや水道水、希釈したグリセリンなど)に標本を置き、カバーグラスをかぶせて、これを顕微鏡に設置するのですが、標本がつぶれないようにガラス小片などを挟むなど(大森・池田, 1976)、工夫が必要です。短く切った釣り糸(テグス)を使う方もいます。出典忘れましたが、ミジンコの観察に毛糸のくずを使うワザも何かで読みました。ウミクワガタ研究者のT博士から、スライドグラスにビニールテープを張ると調節が楽だと教えられ、これを張りっぱなしにしたスライドグラスを常備しています。かなり重宝(必要に応じてテープを重ねれば確かに調節が楽ちんなのです)。

 実は滴下する封入液の加減がむつかしく、多いと標本が液中で泳いでしまうし、少ないと描画の最中に蒸発してしまいます。蒸発したら、スライドグラスとカバーグラスの隙間から液を補充するアラワザもありますが、微妙に標本の傾きが変わり、スケッチ続行が不可能になってしまうこともすくなくありません。

 

 ただ、等脚類の付属肢は立体的で厚く、常法での観察では標本を痛めてしまうこともあります。Nob!は最近ではHumes & Gooding (1964)の手法の簡易応用版を用いています。職場の先輩に教えていただきました。

 「ガラス血液反応板」という厚手(暑さ4.5 mm)のホールスライドグラス上にカバーグラスを置き、希釈したグリセリンを1滴たらして薄くのばし、この中にはずした付属肢を入れ、カバーグラスをホール上で反転させて顕微鏡で観察します。付属肢をスライドグラスとカバーグラスで挟み込まず、グリセリン中に懸垂しているので、より自然な状態で観察できます。滴下したグリセリンが厚すぎると、付属肢が液中で泳いで安定しないので、薄く敷くのがポイントです。

 なお、Humes & Gooding (1964)の手法については、『動物プランクトン生態研究法』(大森・池田, 1976)に日本語で解説されています(p68)。原著では木製の板に穴をあけて、その穴の上でスライドグラスを反転させて観察するそうなのですが(実はまだ原著読んでません)、寄生性カイアシ類の研究者I博士は、駅弁の蓋をバラしてためしたところ、これがかなり使い勝手が良く、お試しとおもって作ったけど、長いこと愛用しているとおっしゃっていました。

 

 Nob!は、胸脚と腹肢、尾肢は、解剖→スケッチ、解剖→スケッチの繰り返し、頭部付属肢はすべて外してから、ひとつひとつスケッチしています。

 ミズムシ類を研究されているS博士は、解剖する前日から作業の流れをイメージし、また重いものを持たないようにしているそうです。ここまでくるともう天才外科医の領域(笑)。

 

 スケッチは描画装置を装着した生物顕微鏡を用います。描画装置によるスケッチは富川・森野(2009)にも記されていますが、これは顕微鏡像と手元をシンクロさせて接眼レンズに投影する装置で、映し出される像をシャープペンシルでなぞるようにしてスケッチしていくのです。練習は必要ですが、芸術的感性は特にいりません。視野と手元の明るさの調整が必要で、適度な明るさを得るのにけっこう苦労します。

 ところが、1996年に白浜で伺ったテクニックがこの作業を画期的に好転させてくれました。ワレカラの研究者T博士に教えていただいたのですが、描画装置下にライトボックス(写真のネガとかを見る道具)を置くことによって、手元の照明が不要になるというものです。「ライトボックスではケント紙は透過できないではないですか」と質問すると、「ケント紙なんて高価な紙は使わないよ、コピー用紙で十分でしょ」との回答! まさに目から鱗でした。墨入れを直接スケッチに行うのであれば、ケント紙は有効ですが、トレーシングペパーに写すのであれば、意味はないというのです。それ以来今現在まで、Nob!はこの方法を採用しています。スケッチした紙もカサをとりません。「ケント紙を使うなんてやった感を得るだけでしょ」とも言われました!

 なお、描画装置はニコンオリンパスも生産中止で、新たに入手するのは難しいそうです。あるニコン顕微鏡の代理店のベテラン営業さんは「20年営業にいますが、描画装置が売れたのは2台だけでしたよ」って言ってました。それじゃぁ生産も中止になっちゃいますかね。ちなみにNob!の装備はオリンパスです。30年近く使っていますが、絶好調ですよ!

 

 メチレンブルーで標本を染色すると観察しやすくなることがあります。K博士のおすすめです。メチレンブルー染色は、観察後標本をエタノール保存液にもどすと、ほとんど脱色するという利点があげられます。ただ、この染色も手探りで、どれくらい漬けてから観察するのがベストかいまだにわかりません。それにメチレンブルーに漬けている間に液中で標本を見失う危険性もあり、今のところ、ピンセットでつまんだまま、数秒間漬ける程度で観察に入っています。

 

 墨入れ(清書)は、顕微鏡描画した用紙に直接する研究者もおられるそうですが(富川・森野, 2009)、Nob!はトレーシングペパーに墨入れしています(ちょっと厚手の用紙を愛用してます)。なお、使用している顕微鏡はレボルバー式なので、決まった倍率でしか画が描けないので、適当に拡大コピーしてからトレースします。なので、画には忘れずスケールを入れなければなりません。画の大きさは、論文にしたときの図版の構図をイメージしてきめていますが、(甲殻類ではありませんが)稚仔魚のスケッチのテクニックについて紹介した木下(1987)に、次のような目安が記されています:

[B5版の雑誌で縮小率が2/3の場合、一頁に収めるには、体長18 cmのスケッチでは、配列した縦の長さが23 cm以内になうように尾数を調整する。普通の体形(体高/体長=1/3~1/4)の魚種では4~5個体が限度であろう。]

 ペンは、製図用のロッドリングを用いるのが一般的のようで、Nob!も使いこなせるように練習したらいいとアドバイスうけたことがありますが、これけっこう高価だし、手入れも大変で、なんか敬遠しちゃいました。Nob!は簡易製図ペン(1本200円)を3~4種類そろえて、ペン先がつぶれるまで使い倒し、つど買い足しています。そろえているのは0.3,0.2,0.1,0.05 mmで、輪郭や関節を0.3、皺や棘状刺毛を0.2,刺毛を0.1,刺毛から生じるsetuleを0.05で描いています。

 トレーシングペパーに墨入れする際、紙に触れた部分には手の脂がついてしまい、ここにはインクが乗らなくなります。なので紙を敷くなどの工夫が必要なのですが、木下(1987)に目からウロコなテクニックがありました。手袋はめればいいのです。ただ、手袋はめるとペンがつかみにくくなる欠点があるのですが、これも解消! テレビの缶コーヒーのCMみて知ったのですが、漫画家事務所では、指先を切り取った手袋つけて仕事してるんですね。これですよ!

 直接ケント紙に墨入れする研究者には、丸ペンをもちいる方もいるそうです。丸ペンにも製図ペンにも一長一短があり、そのことについては富川・森野(2009)に指摘されています。また、近年では墨入れあるいはスケッチ時からPCのグラフィックソフトが利用されはじめています(小西, 1999, 2003)。Nob!も一度PCで墨入れしたことがありますが、ちょっと肌に合いませんでした。なお、魚類研究者の方に聞いた話ですが、昔の研究者の墨入れは職人技で、中には曇りの日の午前中にしかペンを持たない達人もいたそうです(晴れの日や雨の日は墨入れに向かないそうです 笑)。

 

 構成、すなわち図版作成は、富川・森野(2009)ではB4の台紙(ケント紙)に各画を配置する様子が紹介されていますが、Nob!はここからパソコン作業に移ります。各画をスキャンし、グラフィックソフトで配置を決め、アルファベットやスケールをいれていきます。このときバランスを見て、各画に若干の拡大縮小を施すこともありますが、あまり極端にすると、線の太さが不自然になるので、なるべく墨入れ時に下絵の拡大縮小をしています。

 分類学の論文の図版に芸術性は不要ですが、きれいな画であるに越したことはなく、あまり間が抜けた感じにならないようには気を付けています。

 

謝辞:標本観察について貴重な方法をご教示いただいた、千葉県立中央博物館 分館海の博物館の奧野淳兒博士に感謝いたします。

 

 

 

<文献>

有山啓之,2022.ヨコエビガイドブック.159 pp.海文堂,東京.

Humes, A. G., & Gooding, R. U., 1964. A method for studying the external anatomy of copepods. Crustaceana, 6: 238–240.

石丸信一,1985.ヨコエビ類の研究法.生物教材,19/20:91–105.

伊東 宏,2019.乾電池を用いたタングステン針の電気研磨.日本プランクトン学会報,66:41–46.

木下 泉,1987.稚仔魚スケッチの実際.海洋と生物,50:182–187.

小西光一,1999.幼生の形態記載におけるデジタル化への道.Cancer, 8:27–31.

小西光一,2000.幼生研究のための小テクニック集(1) : サンプル観察についてのFAQ.Cancer, 9: 33–37.

小西光一,2003.幼生研究のための小テクニック集(4) : 電子的描画技法について.Cancer, 12:37–41.

小西光一・鹿谷法一,1998.日本産有用カニ類幼生の検索(1):同定のための観察技法.養殖研究所研究報告,27:13–26.

大森 信・池田 勉,1976.動物プランクトン生態研究法:生態学研究法講座5.vi+229+6 pp.共立出版,東京.

富川 光・森野 浩,2009.ヨコエビ類(節足動物門: 甲殻亜門)の描画方法.広島大学大学院教育学研究科紀要.第二部,文化教育開発関連領域, 58: 27–32.