パラカラヌス・オリエンタリス

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Paracalanus orientalis Itoh & Ueda, 2022
[2022.7.30種名を変更し、記事若干加筆しました]

沿岸の動物プランクトンとしてもっとも量の多い、重要種の1種です。
体長0.8~1.0mmの小型のカイアシ類(カイアシ類としては中型)ですが、現存量は莫大です。沿岸域で採集されたネット動物プランクトン(プランクトンネットで採集された動物プランクトン)の分析をしていると、ほぼ本種とCalanus sinicusだけといったサンプルに出会います。

イワシ類(マイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシなど)の稚魚の胃内容物を調査すると、胃袋満タンに(充満度100%で)本種が数十~100個体以上、ぎゅうぎゅうに詰まっていることがあります。
パラカラヌスの存在がイワシ類稚魚の生残率を大きく左右するということです。
パラカラヌスは海中の懸濁物をエサとします。3~数10μmの大きさの植物プランクトンを、1日に自分の体重の72%くらい摂取し、食べたえさの38%を運動エネルギーに変換し、52%は卵の生産に費やすと見積もられています。また、エサが十分にない環境では、自分のタンパク質の1/3を呼吸・運動に消費してしまい、こういった状況では長生きできいなくなります。

すなわち、パラカラヌスのような小型の動物プランクトンは、一次生産者である植物プランクトンの栄養を、シラスなどプランクトン食魚類へと橋渡しする重要な地位にあります。


先のCalanus sinicusは流線型の美しいバディーでお気に入りの1種でしたが、こちらはこれで、ころっとしたコミカルなシルエットが気に入っています。パラカラヌスがたくさん含まれるプランクトンサンプルは、観ていてちょっとほほえましくなります。


東北地方の太平洋の調査では、ここは「親潮水域」、「黒潮水域」、「混合水域」の3っつの環境が入り交じっているのですが、パラカラヌスは全水域に広く分布し、平均生息密度が5,886個体/㎡(海面から水深150mまでの採集調査)で、ぶっちぎりの第1位だそうです。多くのカイアシ類は暖海性か、寒海性で、出現する環境に嗜好性があるものなのです。
ただ、パラカラヌスは小型なので、体重比でみてみると、本種の平均生息密度はこの海域に生息する超大型カイアシ類Neocalanus cristatus (Kroyer, 1848)の24個体分にすぎないと見積もられています。
ちなみにParacalanus orientalis(P. parvusとしての報告ですがの体重は0.08mg、Neocalanus cristatusは18.9mg、Calanus sinicusは1.5mgだそうです。

パラカラヌスは広域に分布し、現存量も多い重要種ですが、その分布はせいぜい東北地方までで、これ以北では少なくなります。この寒流域では、Pseudocalanus newmani Frostという種類が卓越するようになります。


駿河湾奥部の三保半島で周年調査した報告によると、12~5月に個体数密度が高い種で、「冬~春型winter-spring type」に類型化されています。


なお、Paracalanus parvusという種類には分類学的混乱が指摘されていて、Paracalanus parvus species complexとして8種が含まれていました。本家のParacalanus parvus s. str.は大西洋の高緯度地方に限って分布する種類で、これ以外の海域に分布する種類は、広義の種類(今後種類が分かれる可能性もあるというくらいの意味)で、Paracalanus parvus sense latoと表記されることがあります。Paracalanus orientalisP. parvus種群の9番目の種類で、アジア周辺海域でP. parvusとされていたものは本種にあたるようです。


和名 ヒメパラミジンコというのが提唱されていますが、使用例まったくみたことがありません。

淡水産のカイアシ類では多くの種類に和名が提唱され、広く使用されているようですが、海産の種類では学名が通り名で、せいぜいカタカナ表記される程度のようです(所感)。汽水域に分布する種類では、淡水産プランクトンの研究者は和名を用い、海産プランクトン研究者間ではこれをまったく無視しているようにも見えます(シカトするくらいに)。プランクトン研究という分野を広く普及させる必要性を考えているのであれば、学名に固執する姿勢はどうかと思っているのですが、いいすぎでしょうか?



●主な掲載文献(Paracalanus parvusとして)
Giesbrecht, 1892, p.164, t.1, fig.5, t.6, figs.28-30, t.9, figs.5, 11, 25, 27, 31, 32.
佐藤忠勇[浮遊性橈脚類(其一)], 1913, p.15, pl.III, figs.39-42, no.9.
Mori [Pelagic Copepoda from neighboring waters of Japan], 1937, p.29, pl.11, figs.11-15.
Vervoort, 1947, p.130.
Tanaka [Pelagic copepods of the Izu region, systematic account, II], 1956, p.369.
田中於菟彦[新日本動物図鑑(中)], 1965, p.462, No.443.
山路 勇[日本海プランクトン図鑑], 1966, p.305, pl.98, No.2.
上田孝史[日本産海洋プランクトン検索図説], 1997, p.845, pl.135, no.199.




[参考文献]
1)Bowman, T. E. 1971. The distribution of calanoid copepods off the southeastern United States between Cape Hatteras and southern Florida. Smithsonian Contributions to Zoology, 96:1-58, figs. 1-51.
2)伊東 宏・水島 毅・久保田 正.2005.駿河湾三保沖におけるカラヌス目カイアシ類の季節的消長.「海-自然と文化」東海大学紀要海洋学部,3(1):19-32.
3)工藤盛徳.1972.駿河湾プランクトン.in静岡県出版文化界編,駿河湾の自然:地学・生物・物理・化学など駿河湾のすべて.pp。122-131.静岡教育出版社,静岡.
4)小達和子.1994.東北海域における動物プランクトンの動態と長期変動に関する研究.東北区水産研究所研究報告,56:115-173.

5)Ueda, H., H. Itoh, J. Hirai, & K. Hidaka., 2022. Paracalanus orientalis n. sp. (Copepoda, Calanoida), formerly referred to as P. parvus in Japanese coastal waters. Plankton Benthos Research. 17(2): 221–230.